令和4年の大河ドラマは『鎌倉殿の13人』、平安末期から鎌倉時代のお話です。源頼朝が開いた鎌倉幕府が権力を持っていた時代になりますが頼朝や幕府が天下統一を果たした、とは言われません。
幕府が権力を持っていたが天下は統一していない…何故か?それは中世日本の土地権利の仕組みによります。
■荘園と公領/民間企業と国
当時、土地の権利は大きく荘園と公領の2つに分かれていました。
荘園 → 有力貴族・寺院(現代の民間企業)
公領 → 朝廷(現代の国)
国と民間企業が別々にそれぞれ権利のある土地から税金・売上金が納められていました。昔で言うところの『年貢』になります。こうした荘園と公領が並立していた体制を『荘園公領制』といいます。
※荘園から国に一部、納税はしていました。
またトップが直接、年貢を徴収するわけではなく、以下のように階層支配になっていました。

当時の武士はあくまで在地領主であって土地の権利者である貴族や朝廷に納税義務がありました。権利上のトップは朝廷や貴族で武士は中間管理職のようなものだったのです。
※上記は大略説明になります。天皇や将軍が所有している荘園もありました。
では武家政権といわれる鎌倉幕府は何をしていたのでしょうか?
こちら次の記事で鎌倉幕府の仕事についてご説明していきます。


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